オブライエン「ダイヤモンドのレンズ」で覗き見る完全美

「どうだね? いいレンズ――いいレンズだろう!」
(ホフマン「砂男」大島かおり・訳、光文社古典新訳文庫『砂男/クレスペル顧問官』より)

こんにちは。完全なものに憧れますか?野村です。

今回紹介するお話は、「完全」がキーワードです。
完全なレンズ、完全な犯罪、完全な美、などなど。

あ、でも「完全な調和」という言葉は当てはまりそうにないな。

僕はその昔、完全に調和する和音について考えていた時期があるのですよ。
そのときのことはまた別の機会に書くとしましょう。

三たび「砂男」

というわけで、フィッツ=ジェイムズ・オブライエンという作家が1858年に発表した短編小説「ダイヤモンドのレンズ」を紹介します。
不思議屋/ダイヤモンドのレンズ (光文社古典新訳文庫)』に収録されています。

表紙に描かれているのは、望遠鏡を覗く人の姿ですよね。
これを見て、前回・前々回と紹介したホフマン「砂男」の以下の場面を連想したのです。
・レンズ越しに覗き見た、隣人の娘の瞳から輝き出る月の光
・レンズの前に現れた恋人の姿に正気を失うラストシーン
「砂男」では、望遠鏡、及びレンズは重要なアイテムでした。

てなわけで、望遠鏡つながりで本書を図書館で借りたのですよ。
ところが、本編で描かれるのは望遠鏡ではなく顕微鏡!

表紙に騙された!

……と思ったのは早計。
この本こそが紛れもなく「砂男」の次に手にとるべき一冊でした。

最も遠い世界を映し出す顕微鏡

「ダイヤモンドのレンズ」は、あらゆるノイズを払拭したレンズを完成させた素人学者の物語。

このレンズを使えば、顕微鏡でありながら、どんな望遠鏡でも及ばない遠い世界を眺められる。
どういうことかといえば、レンズの性能が良すぎて原子の奥の奥を映しだしてしまうのです。

その幻想的な風景描写に圧倒されます。
その微小世界に暮らす一人の女性の完全な美と、彼女を目撃した主人公の興奮に作者は筆を惜しまない。

これらは主人公が自ら作り上げた幻視、と言ってしまえばそれまで。
ただ、狂気の描かれ方は「砂男」に比べ、静かで純度が高い印象を受けました。

狂気に突き動かされているとはいえ、主人公が遂行した殺人や密室トリックの手際は整然としたもの。
物語は一人称で進行するので、主人公の思考や行動を鮮明に読み取ることができます。

「砂男」にはコッポラという暗躍者がいたけど、「ダイヤモンドのレンズ」では、主人公が一人で心の歯車を掛け違えていく感じ。
日常を逸脱する契機となるのが、霊媒師を通じた霊との筆談になるのかな?
でも後になってみれば、この筆談も現実の出来事なのか怪しい。

最後に

以上、短い中に様々な要素がてんこもりな作品なのだけど、散らかった印象はなく、冒頭から結末まで一気に読み進められます。

望遠鏡を覗く「砂男」の主人公と顕微鏡を覗く「ダイヤモンドのレンズ」の主人公。
二人は完璧な美に心を奪われ、想いをつのらせていくことで共通してます。

レンズは一方通行。せつないですね。

てなわけで今回はこれにて。

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野村 野村のプロフィール
枕は高いほうがいい。高いほうが本を読みやすいのですよ。なので広めのタオルケットを何重にも折りたたんでその上に枕を載せてその上に頭を載せてたりする。