詩的で精細な言葉が紡ぐ暴走のプロセス(綿矢りさ『ひらいて』)

サロメ 続けて、ヨカナーン。わたし、お前の声に酔ってる。
(ワイルド『サロメ』平野啓一郎・訳 光文社古典新訳文庫 より)

こんにちは。声に酔い潰れてますか?野村です。

今回の作品の中で、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』が引用されていました。

双方の主人公には共通点があります。
声の虜になること。その声に拒絶されること。
彼女たちの計り知れないエネルギーは、ここから生まれるんじゃないだろか?

なぎ倒しながらの疾走

というわけで、綿矢りさが2012年に発表した小説『ひらいて』(新潮社)を読みました。

とっくに文庫が出てるけど、あえて単行本。
本文から引用した帯の文言が良いのです。もう、すべてを表現してる。

「やみくもに、自分本位に、あたりをなぎ倒しながら疾走する、初めての恋――」

詩的で精細な言葉で紡がれる暴走のプロセス。とくと味わいました。

主人公は女子高生。クラスの男子に振られたので、ハライセにその彼女と寝る、というお話。
性描写が苦手であればお勧めしないけど、濃厚なのに下世話な感じがなく一読の価値がありますよ。

五千年の過ちを取り込む

この作品には引用されている文章が3つあり、それぞれが登場人物に呼応しているように思えます。

・オスカー・ワイルド「サロメ」:主人公
・中井正一「過剰の意識」:男子
・新約聖書「マタイによる福音書」から6章の抜粋:男子の彼女

「過剰の意識」と「マタイ伝」は、今の自分や人類のありのままが既に充足していることに気づくよう促す内容。
それに「否」を突きつけるのが「サロメ」。過剰に取り憑かれ、破壊のはてに泣き崩れる。

サロメは「過剰の意識」がいうところの「五千年の歴史の誤り」です。

「過剰の意識」では、「五千年など人類史の中のわずか」と切り捨てます。
でも現実には、今後の人類史に何度も現れるであろうサロメを止めるなど不可能。

最終的にはサロメを取り込むべく「ひらいた」男子。
その後が気になってしょうがない。続編はあるのだろうか?

ちなみに「過剰の意識」の全文は青空文庫で読めます。ぜひどうぞ。

 何年前であったか、親不知子不知のトンネルをでたころであった。前に座っていた胸を病んでいると思える青年が、突然「ああ海はいい、海はいいなあ……」 といって、一直線にのびている黒い日本海の水平を、むさぼ…

てなわけで今回はこれにて。

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野村 野村のプロフィール
枕は高いほうがいい。高いほうが本を読みやすいのですよ。なので広めのタオルケットを何重にも折りたたんでその上に枕を載せてその上に頭を載せてたりする。