感情を排除した文体の行間(アゴタ・クリストフ『悪童日記』)

ぼくらにはきわめて単純なルールがある。作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。
(アゴタ・クリストフ『悪童日記』堀茂樹・訳 早川書房 より)

こんにちは。自分にルールを課してますか?野村です。

僕がこのブログに書く読書日記にもルールを設けてます。
週に1〜2本書くこと。600字以上書くこと。それだけ。
そろそろ別のルールも必要だな。

感情や主観は不確かな事柄

今回は、スイスの作家、アゴタ・クリストフが1986年に発表した小説『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』の紹介です。

「書簡体小説」という小説の形式がありますよね。
登場人物が書いた手紙を連ねることで間接的に物語が展開されるものです。

それに対して「日記体小説」という用語もあることを知らなかった。
この形式の作品は多いはず。でも言葉は定着してなさそう。

タイトルが示す通り『悪童日記』は、日記体小説のひとつです。
ただし、日記ではなく作文によって構成されています。

主人公は双子の男子。まだ乳歯が抜け切っていない年齢。

戦時下で学校がストップした中、彼らは生きのびるため、様々な試練や課題を自ら設けます。
作文の執筆はその一環。
恐らく、言葉や論理的思考の修練なのだと思う。

この作文には、ルールがあります。
事実を忠実に描写すること。
不確かな事柄の記述は禁じること。これには感情や主観などが含まれます。

描かれているのは、過酷な日常。暴力、窃盗、性、殺人。

著者自身、10歳で終戦をむかえているだけあり、臨場感にあふれています。
一見無機質な文体でありながら、その行間から不条理への叫びがにじんでくるかのよう。

まだ幼い二人がなぜ「不確かな事柄」を排除するのか、それを想像するだけで涙が出そう。

シリアスな内容のわりにトーンが暗くないのは、主人公たちの強さや行動力にあります。
流されることなく、良識にとらわれず、抜け目なく立ち回る二人が爽快でした。

てなわけで今回はこれにて。

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枕は高いほうがいい。高いほうが本を読みやすいのですよ。なので広めのタオルケットを何重にも折りたたんでその上に枕を載せてその上に頭を載せてたりする。twitterやってますFacebookもやってます